「学問」を改めて考える

こんにちは、代表の hiderin です。

 私がささやかなプログラミング教室を始めたいと思ったきっかけの一つは、福沢諭吉先生の「学問のすすめ」を改めて読み直したことでした。今から約20年程前に、大学に入学したころに読んだ(正確には読まされました)時の印象とは全く異なり、非常に新鮮な衝撃を受けました。

その中で最も考えさせられたのが、「独立」という言葉です。

”独立の気力なき者は必ず人に依頼す、人に依頼するものは必ず人を恐る、
人を恐るる者は必ず人にへつらうものなり。
常に人を恐れ、人にへつらう者はしだいにこれになれ、その面の皮、鉄のごとくなりて、
恥ずべきを恥じず、論ずべきを論ぜず、人をさえみればただ腰を屈するのみ”

140年前のこの言葉は、今の日本、そして私たちに対しても、鋭い問題提起となり得ます。

私は、「独立」するための前提条件は、「自分の頭で自分なりに考えること」であると考えます。そして下記の様に自問自答しました。

”例えば、テレビや新聞、インターネットなどで見聞した他人の意見を、さも自分の意見のように吹聴していないか?”

”例えば、大多数の「空気」を読んで、その見えない「空気」を過剰に気にして、自分自身は思考停止していないか?”

”例えば、受験勉強で必死に学んできた、答えがあらかじめ用意されている問題にしか、答えられていないのではないか?”

そうした状況に次第に慣れてしまうと、まさに恥ずべきを恥じず、論ずべきを論ぜずといった状況に無自覚に陥ってしまい、それが日常となってしまいます。

しかし今、世界は大きく変わろうとしています。戦後70年の秩序が壊れ、これまでにない混沌とした時代に入ろうとしており、そうした変化は日本にとって千載一遇のチャンスでもあります。

この時代の中では、持続的な経済成長が見込まれた時代に求められていた時代とは違う「学問」が必要とされています。

今必要とされているのは、未来を予見できないこの時代に、自分の頭で考え、自分なりの答えを出し、その答えを信じて、突き進む能力、それが「独立」であり、今の時代に必要な「学問」ではないでしょうか。

「学問のすすめ」を記した、福沢先生の時代もまさに、大きな時代の変革期であり、そうした能力が必要とされていました。だからこそ140年経った今の時代にもそのまま通用する言葉が多く含まれています。

そして、そうした考えを育むことができる1つの手段が「プログラミング」でもあります。

プログラミングには、決まった模範解答はありません。ある課題に対して、生徒にプログラミングを行わせたら、100人いたら100人とも違うコードを書くことでしょう。正解はありません。自分の頭で考え、自分なりの解決方法を生み出さなければなりません。

また、プログラミングは”トライ&エラー”の連続でもあります。失敗に負けず、何度も挑戦する能力も嫌でも身につきます。

批判・失敗を恐れず、自分の頭で考え、行動を起こす能力こそが、今私たちの生きる時代に必要とされています。そしてそうした思考能力を持つことが「独立」につながり、それこそがいま必要な「学問」ではないのでしょうか。

近年プログラミング教育のニーズが急速に高まっているのは、そうした時代背景も大きく影響されていると推測します。

そうした想いを基に自分のこれまでの拙い人生を、昨今のプログラミング教育のニーズの高まりを背景に、次世代を担う子供たちに少しでも役立てられれば、とプログラミング教室を始めた次第です。また、子供たちと共に自分自身も生涯学び続けていきたいと心より願っています。